おことわり・本稿は、1997年2月段階における論考であり、その後の議論の発展に対応していない点については、ご容赦いただきたい。
また、本稿は、最終稿前の原稿であり、筆者の正式な見解としては、司法研修所論集を参考にしていただきたい。
目次
第一 概念
一 「関連性のある文書」と「開示からの除外証拠」
二 英国における分類
三 アメリカにおける分類
第二 英国における秘匿特権(Privilege )
一 概説
二 自己負罪拒否特権
三 法的プロフェッションの秘匿特権
第三 英国における公益免除特権
一 始めに
二 英国における一般的議論の進展
三 英国における法理の射程範囲
一 筆者は、日本のビジネスマン向けに「アメリカの民事訴訟法のトピック」として、現在のアメリカ民事訴訟法で一番注目してもらいたい論点は、「除外される証拠(excluded
matters)」の法理であるとして紹介したことがある(注 1)。すなわち、現実に米国で訴訟に巻き込まれたとき、日本の当事者は、非常に発達したディスカバリーの法理に直面せざるをえず、そして、そのなかでも、どの証拠を相手方に開示しなくてはならないのか、そして、逆に開示しないままにしておけるのかという「開示からの除外証拠」の問題は、ときにしてその勝敗を左右するほどのものとして日本の当事者を悩まし続けるのである。この問題は非常に重要であるわりには、いままでわが国であまり紹介されていなかったように筆者には思え、日頃から、米国との取引関係がある会社においては、文書管理等においてそのような問題があることについて常に注意しておいてもらいたいという気持ちからこの小論を書いたものであった。そして、その論稿で、この問題は、アメリカで民事訴訟にまきこまれる日本人ビジネスマンだけではなく、「現在行われている民事訴訟法改正において証拠開示的方向が強められることが考えられる。その際に、文書提出命令の規定の定め方によっては、当然、わが国の実務でも、非開示特権の検討が必要になってくると思われるのである。」として
、わが国の民事訴訟の実務にも、ますます重要な問題になってきているであろうと論じたのである。
平成8年6月に国会を通過した改正民事訴訟法において、文書提出義務の拡張がなされた。これは、お互いに証拠開示をなし、裁判官・弁護士というひとつのチームの事件全体像を早期に把握し、それに伴い適切な判断と合理的な解決という民事訴訟の理想像にむけての改正がなされたものと理解して良いであろう。そして、私の前述の指摘を待つまでもないであろうが、文書提出命令の規定の解釈が訴訟の中でより一層重要性をもってくるものと考えられる。しかしながら、わが国ではアメリカ民訴法のディスカバリー制度一般ついての紹介は非常に盛んであるが(注
2)、具体的な開示からの除外についての議論は、やや消極的なものであったのではないかという印象がある(注
3)。それは、わが国では、従来は、裁判所からの開示要求を拒絶しうるかという問題は、証言拒絶権という形でしか問題にならなかったので、実務での実際の運用があまりなく(いうまでもなく、しゃべらない人を法廷に呼び出してみても証人尋問としての実効性は、あまりない)深刻な問題点がでなかったということが理由としてあったようにおもわれる(注4
)。しかしながら、改正民訴法のもとでは、この文書提出命令の規定をめぐる解釈問題が重要な問題になってくることは、あきらかなものと思われる。
二 私達は、改正民訴法を、なにはともあれ具体的に動きださせなくてはならない立場にいるのである。そういった状況において、改正民訴法が、現実に動きだす前に、比較法を参考にしつつ開示から除外されるべき文書について十分な研究をしておくことはきわめて有意義であるといえるであろう。
そこで、英国において開示から除外される文書についての紹介をし(注5
)、その理解に役立つ範囲 で米国の同法理についても検討を加えて、その法理で示されたところと今回の改正で改正民訴法の文書提出命令の制度とを比較して、わが国での実務にもたらされるであろう問題点を予測し、それに対して示唆を与えるのが本稿の問題意識となる。
(注 1)拙稿・企業会計1995年3月号4頁以下
なお、「除外される証拠」というと、自由心証の際に排除されるべき証拠と混同される恐れがあり、以下においては「開示からの除外証拠」ということにしたい。
(注 2)例えば、小林秀之・(新版)アメリカ民事訴訟法150頁の(注3
)における豊富な引用文献をみよ。
(注3) 注釈民事訴訟法(6)307頁以下
住吉博「文書証拠とinterest of justice」比較法雑誌8−2
原秋彦・佐藤安信「米国の秘密文書非開示特権と日本の弁護士・弁理士へのその適用」
国際商事法務23巻4号353頁
尾崎英男「プリビレッジの概要」結束一男「プリビレッジの適用要件」 小林秀之編・日米知的財産訴訟107頁以下など
(注4)もっとも、この点については、山口洋一郎「米国の弁護士顧客守秘特権制度が招く日本弁理士制度の危機-弁理士法改正の緊急提言」パテント47巻3号22頁があり、秘匿特権についての説明がある。
(注5 )本稿では、英国の民事訴訟法の一般的な知識については省略してある。詳しくは、「イギリスにおける民事訴訟の運営」司法研修所編
・法曹會参照のこと。また、その他の民事訴訟法の手続き一般の参考文献については、拙著「英国における民事訴訟法上のコンフィデンス保護手続き」司法研修所論集94号130頁(注
6)の参考文献を参照のこと。
序章において、筆者は、「開示からの除外証拠」という表現を用いた。ここで、「開示からの除外証拠」といったのは、開示手続きから開示からの除外証拠全般について、プリビレッジなどの種々の名称で議論されているものをできるだけ広く論じたかったからである。英国においても、米国においても、訴訟の争点に「関連性」のある文書については、ディスカバリーにおいて、相手方に対して、任意に提出しなければならない。英国では、最高法院規則24ルール2において「・・プリーディンクの終了した当事者は、書類のリストを交換しなければならず、その後、訴訟のプリーディングが、他の第三当事者と終了したと見做される日から14日以内に、訴訟の争点について何らかの関連ある占有、保管、管理する、もしくは、している書類についてリストを作成し、送達しなければならない」と規定されている。また、米国では、連邦証拠規則402によれば、「『関連する証拠』とは、何らかの事実を存在せしめる何らかの傾向をもつ証拠であり、かかる事実は、結果として、その証拠がないときに比べて訴訟をよりありそうだとか、あまりなさそうだとかをきめるものをいう」とされている事項で
ある。
しかしながら、「関連性ある証拠」について、種々の理由によって開示をまぬがれる証拠があり、その法理がきわめて重大な意義をもっていることも明らかである。
英国のKean氏の証拠法の教科書によれば、英国において「開示からの除外証拠」の問題は、二つのカテゴリーの問題があるとされている(注
6 )。その一つは、「秘匿特権」であり、いま一つは、「公益免除特権」である。そして、この二つは、かなりの点で、相違があるとされている。
この点は、別稿でもふれたが(注 7 )、
(一)秘匿特権に該当するばあいには、その当事者は質問ないし開示に対してこれを拒絶することが出来るが、これに対して公益免除特権においては審理における証拠としての価値の考量がなされる。
(二)秘匿特権の場合は、その主張者が特定の人であることがハッキリしている。その人が放棄したり、ないしは、主張しそこなったりすれば、だれも異議を述べることはできない。その限りで、私権としての性格に近いものである。
(三)公益免除特権については二次的証拠であるか、すなわち他の証拠によって立証しうるものか、ということによって左右される性格のものである。
もっとも、他の教科書等においては、このような二分論がそのまま採用されているわけではない(注
8)。しかしながら、基本的に、「開示からの除外証拠」については、二つの種類の概念があるというのは、認められているものと思われる。ホワイト・ブックにおいては、「公共の利益に対して有害さを与えるであろうという根拠により特権の与えられる書類」という項目について、「この秘匿特権、『より適切には提出の免除特権』をさだめる法は、Burmah
Oil Co.Ltd v. Governor and Co.of the Bank of England[1980]A.C.1090;[1979]3
ALL E.R.700 and Conway v.Rimmer [1968]A.C.910;[1968]1 All E.R. 874事件での貴族院の判断に主としてみることができる」という説明がなされているが、この説明の『より適切には提出の免除特権』という表現からも明らかであろう(注9)。
参考として、アメリカ民訴法における「開示からの除外証拠」についての分類を見ていくと、ディスカバリーから「開示からの除外証拠」としては、以前、連邦証拠規則改正の提案として、議会に提出された提案が示唆的である。議会に提出された501項は、13のルールを含んでいる。それらのうち、9つのルールは、連邦裁判所において認識しなくてはならない特定の憲法上規定されていないプリビレッジについてのルールであると説明されている。
その9つとは、ヌ要求されたレポート(required reports) ネ弁護士・依頼者間(lawyer-client)ノ精神療法医・患者間(
psychotherapist-patient)ハ夫・妻の間( husband-wife)ヒ 牧師へのコミュニケーション(communications
to clergymen)フ政治的投票( political vote)ヘトレード・シークレット(
trade secrets)ホ国家および他の公的な情報( secrets of state and other
official information)マ情報提供者の氏名( identity of informer)である(注10
)。しかしながら、 結局は、憲法、制定法などの例外がある場合の他は「証人、人、政府、国家、政治的区分のプリビレッジは、合衆国の法廷において、合理性と経験の見地より解釈されたコモンローの原則によって支配される。」という定め(連邦証拠規則501)に落ちつき、細かいルールについては、定められなかったのである。
教科書の論述だと、例えば、この問題について、「除外される証拠」(Excluded
Matters) として論じ、そのなかについてヌ秘匿特権(Privileged matterrs)ネ弁護士のワークプロダクト(Attorney's
Workproduct)ノ訴訟のための準備資料(Material Prepared for Litigation)などの項目にわけて説明するもの(注11
)や、秘匿特権(Privilege)の項目の中ですべて説明する教科書などがある(注12)。米国においても、非開示とされる証拠については、「秘匿特権(privilege)」にもとづくものとそうでないものとがあることは意識されているように思われる(注13)。
.四 本稿における分類方法
以下、論述の便宜として、Keane氏の教科書の分類を参考にしてわけて論じていくことにしたい。したがってここでは、「秘匿特権(privilege)」と「公益の要請等により非開示とされる証拠」に分けることになる。
この分類にしたがって論じてみるというのは、特に開示からの除外証拠の判断においては、たとえば他の証拠の利用可能性の有無などの事情をいれて判断すべき種類の証拠があるのではないか、また、その種類のゆえに単独で特権の認められなくてはならない種類の証拠があるのではないか、という意識からであり、かかる指摘はきわめて示唆に富むものと考えられるからである。また、いま一つは、異議を唱える適格の問題が存在するのではないか、という問題についても頭の片隅においておく必要があろう。
英国においては、秘匿特権のなかで議論されている内容としては、
イ自己負罪拒否特権
ウ法的プロフェッショナル秘匿特権
エ交渉における秘匿特権
などがある。
一方、アメリカにおいては、「開示からの除外証拠」の問題が、すべて秘匿特権のもとに議論されることが多いこと、また、連邦証拠規則の改正の際に、その各項目が議論されたこと、また、現在の連邦証拠規則501についても前章で説明したとおりである。
ここで、英国の分類を前提に具体的な項目ごとに見ていくとする。
1 この特権については、わが国でも「何人も自己に不利益な供述を強要されない」という憲法38条1項の規定から、想像のつきやすいものであろう。
そして、この条文自体は、アメリカ合衆国憲法の「何人も、・・刑事手続きにおいて自己に対する証人となることを強要されない」という修正第5条の規定を参考にされたものである。しかしながら、証拠収集方法が広がるとき、その趣旨は、民事裁判上での供述にもおよぶものと解されるに至っている。この点については、わが国でも、改正前の民事訴訟法第280条は、配偶者、一定の親族等の場合を含めて証言拒絶権を認めていたところである。
そして、今回の改正で、これが、文書提出命令を拒否する事項の一つとして加えられているところでもある。
2 英国における自己負罪拒否特権
この点についての、基本的な見解は、Blunt v.Park Lane Hotel [1942]2 KB 253におけるGoddard
判事の言葉であるが
「このルールは、だれも、もし、解答によって彼自身を刑事起訴、罰、没収にさらすことになるのであろう場合には、解答を義務づけられることはない」というものである。そして、この法理のもとには、誰に対しても法はその自己に不利な証拠を提出するのを強制するのに躊躇するものであるという伝統があるとも言われているし、また、証人にたいして、自分が訴追手続きにまきこまれないように保証することて証拠をえやすくするという趣旨があるととされている(注15
)。
英国においては、不利な証拠を提出することへの躊躇ととらえることと関連があるのかこの法理はさらに広いものとして考えられている。すなわち、法廷およびディスカバリーでの書類・物の提出の拒否と、尋問書への回答の拒否もかかる権利の射程範囲として捉える(注16
)。そして、英国においては、かかる自己負罪拒否特権は、制定法によって明らかにされている。
このCivil Evidence Act 1968 s.14 によると、その(1)は、「その人物を刑事罰にさらす、ないしは、罰金の徴収にいたらしめるとして、刑事手続き以外でのいかなる法的手続きにおいて、質問に答えること、ないしは書類または物を提出すること、を拒絶する権利は、
(A)連合王国のいかなる場所における法律のもとの刑事的訴追、罰金の徴収に関して、適用される。
(B)略(夫婦間についての定め)」と定められている。
この点に関連して、この秘匿特権との関係では、EEC の規定によって英国法の一部とされる規定については、英国での刑事罰と同様に、かかる罰を受けるおそれのある場合として秘匿特権を行使しうる(注17
)。
また、会社が、かかる刑事罰にまきこまれるおそれがあるのに対して、取締役、使用者、代理人は、この特権を行使しうるかという問題がある。
この点については、Rio Tinto Zinc Corporation v. Westinghouse Electric Corporation
[1978]AC 547によって、問題が提起されたが、結論は出なかったといわれている(注18
)。
この論点について、いまひとつ興味深い論点を提供する分野といえば、知的財産権の分野である。
前述のように外国との関係では、英国法の一部とされる規定については、かかる秘匿特権か存在することは前述したが、英国の判例には、ローマ条約違反については、委員会の調査をまって手続きを中止することを命じることができるとした判例(注19
)がある。
また、ご存じのように英国においては、民事における証拠収集手続きの一つとして、民事捜索差押手続きともいうべきアントン・ピラー・オーダーがある(注20)。このアントン・ピラー・オーダーに関して、控訴院は、Rank
Film Distributors Ltd v. Video Infomation Centre [1981]2 W.L.R.668;[1982]AC
380(HL)事件において、この自己負罪拒否特権が適用されることとした。しかしながら、これは、とくに著作権侵害の場合に、明らかにアントンピラー・オーダーの効用を著しく殺ぐ結果となってしまう。そこで、この点については、直ちに判断が逆転された。すなわち、知的財産権と、パッシング・オフ(剽窃)については、最高法院法1981の72項によって、原則として、質問に対しては、解答がなされなくてはならず、命令には応じなくてはならないことになった。このs72は、「特定事件における自己ないしは夫婦の負罪拒否特権の撤回」というタイトルのもと、
「 (1) この号が適用されるいかなる手続きにおいても、自己ないしは、その配偶者が、関連した刑事訴追ないしは罰金徴収になるおそれが有るという理由をもって
(a)前者でふれた手続きにおいて、回答すること
(b)それらの手続きにおいてなされるいかなる命令に対して応じること
を免れるものではない。
(2) (1)は、ハイ・コートにおける以下の民事手続きに適用される。
その手続きとは、
(a) いかなる知的財産権の侵害についての訴訟ないしは、剽窃についての訴訟手続き
(b) 上述の権利の侵害ないしは剽窃に関連してなされる情報の開示のためになされる手続き
および、
(c)上述の権利侵害を防ぐためないしは剽窃を防ぐためになされる手続き
をいう
(略)」とされており、
(5)において、この項での「知的財産権とは、すべての特許、商標、著作権、登録デザイン、技術的ないしは、商業的情報ないしは他の知的財産権をいう」と定義されている。
いまひとつ参考になるのが、文書の開示を受ける相手方からの一定の条件提示がなされた場合に、それを前提として、提出の命令が課されることがあるということである。たとえば、Drug
Trafficking Offences Act 1980における民事訴訟において検察官が、ディスカバリーを求めたときに、それによってえられた証拠については、被告に対して刑事手続きないしはそれに関連しては用いないという検察官の条件は、被告を適切に保護するものであり、したがって、秘匿特権の申立にもかかわらず、開示が命じられたという事件がある(注21
)。
英国における法的プロフェッションの秘匿特権は、2つのタイプのコミュニケーションを保護するものと言われる。その2つとは、(1)「法的プロフェッション(以下、法律家という)」と依頼者との間の法的なアドバイスを得、与えるためのコミュニケーションであり、いま一つは(2)依頼者ないしは法律家と第三者(潜在的証人や専門家)とのコミュニケーションである。いうまでもなく、これらのコミュニケーションが強制による開示を免れることがなければ、十分な法的なアドバイスをあたえることができず、適正な司法手続きがなされたということができなくなることは明らかであろう。
では、そもそも、誰をもって、「法律家」というかというのも相当な問題である。この点については、ソリシター、カウンセル、雇用された法的アドバイザー、海外の「法律家」を含むことになる(注23
)。
ちなみに、このようなコモンロー上の秘匿特権とは異なるが、同様の特権が、パテントエージェントに対して、制定法によって認められている点は注意すべきである(注24
)。
(一)法律家と依頼者間
この法律家の秘匿特権については、「両者間の文書による、ないしは、口頭によるコミュニケーションについて、当事者は開示を拒否することができるし、法律家は、(依頼者の放棄に従うが)開示を拒絶しなければならない。」と解されている。
この秘匿特権について、細かい解釈上のポイントにふれれば以下の通りである。
イ その時点においては、訴訟を考えていてもいなくてもよく、法的アドバイスをなんらかの件について与える、ないしは、受けるためのものであること。
ウ依頼者ないし弁護士が、訴訟の当事者であろうとも、単なる証人であろうとも、さらに、そのようなコミュニケーションを含む書類の提出義務についても適用される。
エ上記のコミュニケーションは、コンフィデンシャルにおこなわれたもの、ないしは、その関係を築こうとしてなされたものでなくてはならない。
上記の要件に合致するものであればコミュニケーションのすべてが秘匿とされる。したがって、そのコミュニケーションの過程で、渡された文書、事実の覚書等すべてがこの特権を受けることになる。また、そのコミュニケーションのなかで、渡された書類があれば、その原本が秘匿とならないとしても、この秘匿特権の対象となる。
(二)第三者と法律家間
法的なアドバイスを得るために、訴訟に関連すると否とにかかわらず、関連する専門家証人や一般の証人から陳述を得ることはよくあることである。また、第三者が、法律家等に提出するためにたとえば自己のレポートを作成するということはあり得ることである。このような場合、どの程度まで、秘匿特権が認められるか、というのは大変な議論になっているところである。
上のレポートの場合について、先例的価値を有する判例は、Waugh v British
Railways Board [1981]1 QB 736 である。この事件は、被告の従業員であった夫が、鉄道事故でなくなったという事件で、その妻が提起した損害賠償事件であり、その事件で、原告は、被告における事故についての一般的な報告書の開示を要求した。ここでは、貴族院は、秘匿特権を行使しうるかいなかについては、その主たる目的が、係属した訴訟ないしは予期される訴訟に備えて法律家に提出するためのものであるか、否かということによって決定するという「主要な目的(dominant
purpose)」テストを採用した。本件では、その重要な目的は、取締役会に事故の原因を報告しようとしたものであり、レポートの提出が義務づけられた。もっとも、この「主要な目的」テストじたい、非常に判断が困難で、細かい点については種々の判例が有るといわれている(注25
)。
専門家証人(注26 )や潜在的事実証人からの証拠は、秘匿とされることは明らかである。しかしながら、この点についても、細かく見ていくと問題が多い。たとえば、一方の当事者から、意見を求められた専門家証人がいたとする。残念ながらその依頼された当事者に対する有利な意見を述べなかったので、法廷には呼ばれなかったということは十分にあり得ることである。この場合、相手方から、法廷に呼ばれるということも十分にありうることである。この場合、
専門家証人自身の意見と、もともとの弁護士からの依頼依頼によってなされた時の文書による意見とを区別しなくてはならないことになる。
英国法におけるこの秘匿特権の対象が、コミュニケーションであって事実ではないとされている点も注目を要するものと思われる。したがって、法律家は、自身の直接の感じた事実、すなわち、依頼者と会ったか、その時の肉体的、精神的調子はどうであったかという事実については、この秘匿特権はおよばないので明らかにしなくてはならない(注
)。前述したように法律家から、アドバイスをもらうために法律家に見せた書類がある場合には、その書類は、秘匿とされるが、以前見せた書類が事件に関係するに至った場合には、秘匿特権の対象にはならないということもある。
なお、秘匿特権についてはその例外、放棄の諸問題などがあるがここでは省略する。
紛争中の当事者間ないしはソリシター間の交渉のコミュニケーションは、「法的プロフェッションの秘匿特権」をうけるものではない。しかしなから、もし、そのような交渉に何らの秘匿特権がないのであれば、当事者は、交渉において譲歩をなしたくても、その交渉が失敗に終わった際に、トライアルで、事実の自白があったとされることを心配しなくてはならないことになる。そこで、そのような心配をなくして、当事者間での任意の交渉をすすめ易くするために、和解に向けての交渉については、これに秘匿特権を与えることが考えられる。この秘匿特権は、和解に向けたすべての交渉を、証拠として秘匿にするものであって、この交渉は、口頭によると書面によるとを問わないと解されている。
このような交渉については、一般に「without prejudice」という文言が付される。場合によっては、それに加えて「save
as to cost」という表現が加えられて、コスト算定においては、その交渉における適正な提案を評価してもらうことになる。これらは、英国の訴訟においてできるだけ和解を促進して、トライアルでの解決をすくなくしようとするシステムとして重要な地位を占めているということができるが、この点については、別稿を参照いただきたい(注29
)。
筆者の「コンフィデンス」の保護をめぐる議論では、主としてコンフィデンスの民事訴訟法上における保護一般について議論をなしたので、文書の開示については、あまり焦点を絞れなかった。しかしながら、この点が民訴法の改正当時において、当時、非常に問題なっていた厚生省における薬害エイズ訴訟における「書類隠し疑惑」との関係もあって非常に議論をよんだのは、記憶に新しいところである。
1 「非常に簡素化してしまうというおそれがあるが、公益免除特権の法理の発展は、二つのテーマに識別される。ひとつは、だいたい法廷で起きるわけだが、警察情報のソースを開示を強制することに関するものであり、いまひとつは、理解できることであるが裁判所が国家ないしは、公共的なサービスに害を与える物やことを開示することを躊躇するということである。」と言われる(注31
)。この点については、わが国でも議論がたえないところであるのと同様に英国においても、議論が、かなりあるところである。ここで、この問題の重要性に鑑みるとき、具体例をもって、英国の法理の進展をながめることとする(注32
)。
2 例えば、国家ないしは、公的なサービスを害するということで、開示からの除外書類があるのではないかというのが、最初に議論されたのは、Duncan
v. Camell Laird & Co Ltd [1942]AC 624 (HL)であるとさている。これは、1939年に潜水艦が沈没し、29名の生命が失われたという事件に関してのネグリジェンスに基づく訴訟である。被害者側の原告は、この潜水艦製造業者に対して、主船体と機械についての海軍との契約書および引き揚げのレポートの提出を求めた。海軍の委員会は、被告に対して、公益を理由にする書類の不提出を命じた。Simon
卿は、「全ての事件において、関連性があり、提出しなくてはならないものであっても、公益が、それらはとどめおかれなくてはならないと要求するときは、提出されてはならない」と述べ、結局、大臣の判断が裁判所を拘束することを認めたのである。
その後、この判断が、維持されたため、問題は以前残されたこととなる。例えば、Ellis
v. Home Office[1953]2 QB 135は、刑務所内において、同僚の囚人から暴行を受けたとして内務省に対して損害賠償を求めた事件であるが、内務省は、その囚人についての警察と医療のレポートを非開示のままでいることに成功した。Devlinジャッジは、この事件において、正義がなされなかったという不快な感情がある、そして、それ以上に不快なのは、正義がなされたようにはみえなかったということだ、と告白している。
3 このDuncan v. Camell Laird & Co Ltd での法理は、のちに、見直しを迫られることになる。この代表的な判例としてあげておかなくてはならないのは、Conway
v. Rimmer [1968]AC 190である。
この事件は、以前はProbationary police consableであったが、懐中電灯を盗んだ容疑で告発され、無罪放免となった原告が、当時の警視を、悪意の訴追であったとして、損害賠償を求めて提訴した事件である。この事件において、貴族院は、大臣の宣誓供述書ないしは証明書は、最終的なものではなく、公益免除特権の問題は、法廷の決定に関する問題である、提出に対するクラウンの異議があり、それに対しては、最大限重きを置かなくてはならないとしても、裁判所は、異議の明確化および具体化を要求することが出来、そして、書類を秘密でみることができ、大臣の異議にかかわりなく提出を命じることができる、と判断した。
いうまでもなく、この問題において判断されるべきは、その問題の書類を開示することによって、公共サービスの履行が妨げられる程度と正義をなさなくてはならないという裁判における真実追求の要求との問題である。
そして、貴族院は、このような政府の資料について提出が問題になる場合について、二つの場合があることに注意すべきという。前述のDuncan
v. Camell Laird & Co Ltd 事件の際に、Simon 卿は、前述の一般論に加えて、「この法理は、(a)特定の書面の内容(コンテンツ)に照らした場合にも、(b)書面が、公共の利益の根拠から提出を差し控えられるべき特定の分類(クラス)にあたるという事実にも適用される」と述べていた。この問題点の分類を前提にして、上の(a)の内容に関するコンテンツ・クレームの場合について、Conway
v. Rimmer におけるReid 卿は、「裁判所の力が広範だと解されたとしても、特定の書類の内容の公開が公益に反する責任ある大臣の意見に疑問をはさむことはよほど稀なことである。」と述べており、これに対して、(b)のクラスについてのクレームの場合には、例えば閣議のメモや政府の部門の書類のように公共サービスの観点から、公表を差し控えさせるべき書類が存在することは認められるとしても、一般の報告書なども多いものと思われると述べている。なお、このような文書としては、具体的にいえばトライアルをまっている間の囚人の精神状況に関する医者と警察官との報告書(Home
Officeによって異議がだされた)、会社の貸借対照表(Inland Revenueによって異議がだされた)、兵士の医療録(Minister
of Warによって異議が出された)、Ministry の指名した部会による報告書などがある(注33)。
このクラス・クレームがなされた場合について、前述の、Conway and Rimmer事件では、「一般の報告書(routine
report)のなかには、開示を差し控えさせるべき書類もあるかもしれないが、的確なテストは、・・・特定のクラスに属することを理由とする書類提出の差し控えが、『公共サービスの的確な遂行に本当に必要か』どうかを、たずねることである」とされたのである。
そして、この事件においては、裁判官たちは書類を閲覧し、問題の訴訟に重大な重要性を有しているかもしれない、そして、一般の性質を有しており、開示が公共の利益を害するものとは証明しえないものであると思うに至ったのである。そして、開示が命じられたのである。
この「クラス・ドキュメント」と開示の問題については、いまひとつの問題がある。これは、Reid卿の「私は、特定のクラスの書類についてその内容が何であれ、開示されてはならないということを疑わない」という言葉や、Upjohn卿の「例えば、閣議の資料であるとか、外務省の至急報告、国家の安全、ハイレベルの省庁間の議事録や手紙、陸、海、空軍の一般的管理に関する書類のように、保護を必要とするクラスになる書類がある事件が多々あることは疑いがない。ほとんど、すべての場合においてはそれらの書類は、その内容からもプリビレッジの対象となるであるが、そのクラスであるということで、プリビレッジを受けるのである。」という言葉にも表されているのであるが、その内容にかかわらず、開示の義務を免じられる特定の「クラス」というものがあるかどうかということである。この点については、少なくてもその後の判例の流れにおいては、一般の文書(ないしはローレベルの文書)については、裁判所は、具体的な判断をするようになってきていると言われている。
具体例としては、Burmah Oil Co Ltd v Bank of England[1980]AC 1090事件をあげることができる。Burmah
Oilは、深刻な経済危機に直面したが、その救済について、Bank of Englandと、その保有するBritish
Petroleum株を、Bank of Englandに売却することで合意をかわした。この合意について、Burmah
Oilが、その条件が、不当だとして、その売却を拒んだのであるが、その訴訟に関して、政府が、その救済について一定の役割を果たしており、その役割をしめす書類について、その提出に異議が述べられたのである。この訴訟においては、このディスカバリーの申立が却下され、Court
of Appeal で、その判断が認容されている。そして、貴族院では、書類をプライベート・インスペェクションしてから、それらの書類は、訴訟を公平に審理するのに必ずしも開示が必要なものではないと判断されたことによって、このディスカバリーの必要はないものという判断が支持されたのである。そして、そのクラスとの関係については、以下のような表現が、Keith
卿によりなされている。「しかしながら、訴訟の性質および問題となっている書類の明白な重要性によれば、極端な場合では、もっとも高度なレベルのもっとも微妙な通信であるにもかかわらず、提出が要求されることもあるかもしれない。(略)現代社会では、過去においては、広くおこなわれていたのよもりもより開かれた行政手段への傾向が見受けられうるのである。その傾向が、どの程度までなされるべきかをいうのは法廷ではなくて議会の仕事ではある。しかしながら、法廷も、正義は、なされなくてはならず、そして、正義がなされたと、公開のもとに認識されなくてはならない。ほんのかぎられた事件であることには間違いがないが、政府の内部の働きが衆目の注目の元に暴かれることを要求することがあるかもしれない。そして、このことが、個人の市民に影響を与える働きの本質を向上させるべく計算された批判を導くものと認識されることもあるかもしれないのである。」
1 では、前段でみた「公益免除特権」が具体的にどのような範囲で適用の問題が生じるかが、最初の問題となる。
Science Research Council v Nasse [1980]AC 1028 (HL)の Scarman 卿は「この特権は、国家の政府の適切な権能の行使にとって重要な秘密の情報にかぎって開示から保護するのである。防衛、外交関係、大臣とそのアドバイザーが国家の政策を決定するための高いレベルの政府の内部の働き、トライアル前の刑事訴追手続き、これらは、政府の機能が効果的に実現されるのであれば、非常に微妙な分野である。」という言葉からも分かるように、非常に限定された分野のものであるということができるであろう。
なお、以下について、この言葉を参考に、その射程範囲について簡単に触れることにする(注34)。
この点については、中央政府の秘密が問題になるだけではなく、地方機関や、そして、Gaming
Board 、幼児・児童虐待の防止のための国家協会、ソリシター協会などにも適用がなされている。
2 国家の安全、外交関係そして国際的礼譲について
この点を理由とする異議については、ほとんど認められるとされている。具体的には、
イAstic Petroleum Co Ltd v. Anglo-Persian Oil Co Ltd[1916] 1 KB 822(CA)事件における、第一次世界大戦におけるペルシャにおけるキャンペーンについての政府の計画に関する情報を含むエージェントに対する手紙
ウDuncan v. Cammell Laird & Co ltd[1942]AC 624(HL)事件における第二次大戦中における船体、機械の契約書
エHome v. Hendrick(1820) 2 Brod & Bing 130事件における軍事法廷での士官の行為についての尋問報告書
オHennessy v. Wright (1888)21 QBD 509事件における植民地のgovernerとその秘書とのコミュニケーション
カChatterton v. Secretary of State for India in Council [1985]2 QB 189
事件における外国の軍隊におけるcommander-in-chiefと政府とのコミュニケーション
などである。
3 犯罪捜査に関する情報
犯罪捜査の過程における情報提供者の存在・氏名を保護することは、それ自体、公益の目的に合致するものである。したがって、民事訴訟であれ、刑事訴訟であれ、情報提供者の氏名について証人は明らかにしなくて良いとされている。
これは、ルールであり、裁量の余地のないものとされている。そして、この例外は、被告人が、その無罪を証明することにその情報提供者の名前を明らかにすることが役に立つとみこまれる相当な理由のあることを示さなくてはならない。
4 司法に関する開示について
司法的な決定がなされた場合に、その過程での事実については、開示が制限されることがある。例えば、陪審室での検討の内容については、明らかにすることを強制されることはない。
5 公共サービスの適切な機能行使について
「公共サービスの適切な機能行使」をさまたげるという理由によって公益免除特権がたびたび主張され、その主張が認められて、保護が与えられてきた。
具体的にいえば、政府の政策を決定することに関してなされる、大臣と他の官僚とのコミュニケーションに関しては、この特権が認められることについては当然のこととされるであろう。また、警察の内部のコミュニケーションについても、その警察権力の行使が、政府の重要な役割を果たしていると考えられることから言っても、原則としては、この特権が認められることになる。
関税や物品税の法制のために輸入品の記録をつける法制上の機能、税金の適切な評価をするための個人の本来の姿について質問すること、については、基本的に公益免除特権の対象となるとされた。
6 コンフィデンシャルな関係について
この点についての英国の判例のリーディンクケースはScience Research Council
v. Nasse [1980]AC 1028( HL)である。この判例の内容については、拙稿の「英国における民事訴訟法上のコンフィデンス保護手続」で紹介したところである。ご参照いただきたい。
ジャーナリズムと情報提供者の開示という点は、わが国でも非常に問題になっているところであるが、その点について興味深いのは、British
Steel Corpn (BSC) V Granada Television Ltd [1981] AC1096(HL) である。Granadaは、BSCの従業員からそのBSCのファイルのなかの秘密書類のコピーを入手した。そして、全国鉄鋼ストについての番組で、その書類の幾つかをもちいた。Granadaは、その情報提供者に対して、その名前を明らかにしないことを約束していた。ここで、BSCが、Granadaに対して、情報提供者を明らかにするという命令を求めた事件である。結局、貴族院は、この命令を認め、情報提供者の開示を命じた。もっとも、この際に、裁量の余地があることを認めていたのである。
結局、この点については、立法によって解決されることとなった。裁判所侮辱法1981のセクション10によると、
「裁判所は、開示が、正義、国家の安全の要求するところであるか、それが混乱や犯罪の防止につながると満足した場合でなくては、責任をもって公表する情報について、そのソースを明らかにすることを要求しないことができるし、なにびともそれを拒絶したことをもって裁判所侮辱とならない」
とされている。
第一章
(注6 )Adrian Kean "The Modeern Law of Evidence(second
edition) "Butterworths P.404
(注7 )拙著・前出・司法研修所論集94巻107頁(注24 )
(注8 )例えば、D.B.Casson "Odgers on High Court Pleading and practice"
Sweet & Maxwellでは、Objections to Production の節のなかで、イLegal
Professional PrivilegeウPrivilege against Self-incrimination(3)Privilege
Relating tp "without Preejudice "Documeents(4)Former Privileges(5)Public
Interest Immunity (Crowwn Privilege)にわけて論じられている。
(注9 )The Supreme Court Practice( 1991) この本は、その表紙から、通称、ホワイト・ブックといわれる。この24/5/15を参照のこと
(注10 ) Notes of Committee on the Judiciary, House Report No. 93-650.
(注11 )David D.Siegel, New York Practice, West ss.346
(注12 )Graham C. Lilly "An Introduction to the law of evidence"
West, P. 381
(注13 )秘匿特権とワークプロダクト原則との間の違いについて説明するものとしては、Jack
H. Friedenthal,Mary Kay Kane,Arthur R.Miller,Civil Procedure, West,P.387。また、Lilly
前出(注12 )P447にも、この点の説明が有る。
(注14 ) 米国における自己負罪拒否特権の問題
この自己負罪特権については、本文として述べたように修正5条の規定がそもそも原則として存在している。また、例えば、ニューヨーク民事訴訟規則の4501においては、「証言能力ある証人は、自己が、債務を負うことや民事訴訟にまきこまれるという理由のみをもってしては、関連する質問を拒絶する理由とはならない。」と制定法での定めのある場合も有る点は注目される。
たとえば、教科書的な説明によるとこの非開示特権は、
ヌ「刑事的」手続きにより自己に不利益になる恐れのあること
ネコミュニケート的行為(testimonial communications)を強制されないこと
ノ政府による、すでに存在する記録の取得はこの特権を侵害するものではなく行われること
ハ刑事的処罰の事実が明らかになった以降、ないしは、刑事免責が与えられた以降については、この特権は適用されない
ということなどが特徴をなしているといわれている(Lilly 前出(注12 )p423以下
)。
(注15 )Kean 前出(注6 ) P405
(注16 ) 米国の連邦法のもとでは、「罰則付召喚令状」によって特定の業務記録(business
record )の提出することを命じることが、修正五条の侵害にならないかが議論されている。そしてこの点については、召喚令状を発行された書類の存在と真正は、「過去の結論」であって、収集と政府への提出は、重大なtestimonialな意味をもたない。したがって修正5条の保護を受けることはないものと解されているのである(Lilly
前出 P428 )。
(注17 ) Kean 前出P406
(注18) 英国の場合と比較してみた場合に、米国においては、この「何人も」といったばあいは、明確にその性質上、「個人」をさし、会社や組合などには適用されないということが明らかにされている点は興味深い。
(注19 )Britissh Leyland Motor Corp. v. Wyatt [1979]F.S.R. 583 、ホワイトブック91・24/5/14。
(注20 )アントンピラーオーダーについては、益田洋介「英国の司法制度と民事訴訟の概要」法の支配88号31ぺージ
(注21 ) Re A Defemdaant ,The Independent, April 2,1987。ホワイトブック91・24/5/14。
(注22 ) 米国の「弁護士・依頼者間の秘匿特権」については、米国においてもきわめて重要な問題点を提起している。この秘匿特権の目的については、有名なUpjohn判決(Upjohn
Co. v. United States,449 U.S.383(1981)がでており、わが国でも詳細な紹介がすでにある(例えば、小林秀之・新版アメリカ民事訴訟法・93ページ)。
イ英国の秘匿特権と比較した場合に、米国において特徴的なものは、その対象に事実を含むかという点と法律家と第三者との間のコミュニケーションについてどう考えるかという点について、英国法とは、別個の考慮がなされていることである。
この点については、ヌ弁護士の業務所産(Attorney's Work Product)ネ訴訟のための準備資料(Material
Prepared for Litigation) ノ専門家証人にたいする特別の規制などの法理を英国法と比較して検討することは非常に興味深い。
ウ この点について、米国において一定の解決を示すのが、「弁護士のワーク・プロダクト(Attorney's
Work Product)」の法理である。
ここで、この弁護士の「ワークプロダクト」というのは、「弁護士」の「手控え、メモ、通信書簡、書類、精神的印象、個人的信念その他の有形・無形のものをいう」とされている。
それはさておき、上述の「ワークプロダクト」は、基本的に依頼者と法律家とのコミュニケーションそのものであれば、むしろ、前述の「プリビレッジ」の範囲に入るものとも考えられる。である。上のなかでも、「手控え、メモ、通信書簡」あたりは、その作成された状況によっては、むしろ、「秘匿特権」そのものになるものと解される。
ポイントは、弁護士の精神的印象、個人的信念、その他のものである。これらは英国法においては、保護されるべき「コミュニケーション」ではないとされていたものである。これに対して、有名なヒックマン事件は、保護を与えた。そして、現在の連邦民事訴訟規則では、アトーニーないしは訴訟に関する当事者の代理人の「精神的印象、結論、意見、法的原則」については、ほとんど完全な保護が与えられるにいたっている。つまり、このような弁護士のいわば「オピニオン・ワークプロダクト」については、州によっては、完全に開示を請求しえないと解されているのである。これに対して連邦においては、正当な事情があった場合、これらに対して開示を要求しうるように解されており、この点で、やや限界がハッキリしないところである。
また、第三者に対する調査が秘匿特権によって保護されるかという点についても英国法と米国法とは興味深い対比を示すものと言えよう。前述したように英国法においては、法律家がなす調査については、完全に秘匿特権によって保護される。一方で、米国法によっては、この法律家の第三者に対する調査が、「(狭義の)秘匿特権」の範囲であるという考えはないようである。しかしながら、これは、前述の「弁護士のワークプロダクト」の法理によって保護されるものと解されのである。
一方、第三者ないしは当事者が、事件に関して「報告書」を作成した場合にその報告書の保護であるが、米国法(連邦法)の定め方は、「紛争を予想してまたはトライアルのために、当事者または当事者の代理人によってまたはそのために準備された証人の証言のような有形の資料は、実質的な必要性があり、かつ、実質的に同等なものを獲得することが非常に困難であることを証明することによってのみディスカバリーを要求しうる。」という定め方をしているのである。これらの「有形の資料」は、訴訟のための準備資料(Material
Prepared for Litigation) といわれていて、このために特別の開示からの除外法理があるということができよう。
(注23 ) 米国における法律家の概念
ここでは、attorney at lawと依頼者との間のコミュニケーションが、秘匿特権の対象となるとされている。国外の法律家という点では、barのメンバーではない企業内カウンセルが、企業に対して与えたアドバイスにたいして、秘匿特権の適用があるとした判例が注目されている(Refield
Corp. v. E.Remy Martin & Co.,S.A.,98 F.R.D.442, 444-45 (D.Del.1982))。国外のbarのメンバーとの間のコミュニケーションがこの特権によって保護されるのは、言うまでもないことである。
また、 ここでわが国の弁理士と依頼者とのコミュニケーションが、 米国法によって保護されるのかという問題がある。そもそも、米国においては、パテントエージェントと依頼者との間にこのような秘匿特権が認められるかは、アメリカのパテントエージェントとの間であっても、議論があり、attorneyの監督下にない場合には、この特権がないという解釈も有力である(Status
Time Corp. v. Sharp Electronics Corp.,95 F.R.D. 27,33 (S.D.N.Y.1982など)。また、わが国の弁理士の立場については、この秘匿特権が認められないとするのが一般である(詳しくは、山口・前出(注4
)29頁以下)。なお、この問題については、モリソン・ファースター事務所、アメリカの民事訴訟84頁およひ同
Litigation in the United States:Special Rules and Procedures affecting
European Companies .Discovery 33頁以下などが参考になる)。
(注24 ) Patent Act 1977,s.104
(注25) 前出 Kean p.411
(注26 )英国においては、なんらかの事情により依頼者により法廷には呼ばれなかったという場合には、開示との関係では、秘匿特権の範囲に入るので、開示に服することはない(法廷に呼ばれる場合には、当然、
開示の対象になる)。また、相手方から呼ばれた場合には、困難な問題が存することは前述した。
(注27 )専門家証人に対する米国の法理
専門家証人にたいして、米国法においては、特別の法理が明文化されていることは面白い。この点の定めは、連邦民訴規則26条(
b) (4)である。同項のもとでは、当事者は、相手方に対して法廷に呼ぼうとしている専門家証人の氏名、それぞれの専門家証人の証言しようという対象、それぞれの事実および意見の要旨、そして、それぞれの意見の根拠を明らかにするようにという質問書を送付することができる。また、法廷で証言する専門家からデポジッションを取ることが出来る。
これらの法理は、法廷で証言する専門家が何をみて、どんな根拠で、その意見をもつに至ったか、相手方も十分な情報を持たなくてはならないという根拠に基づくものである。しかし、かかる法理の適用がある故に、かかる専門家には、秘匿とされる書類を提示してはならないことになる。専門家証人が目を通してしまえば、その専門家証人がなにをみたかという点については開示されなくてはならないから、その書類は完全に開示されなくてはならないのである。
この法理から、たとえば特許訴訟において、法廷でパテント・アトーニーがその特許の有効性や侵害事情について証言するという場合には、彼に対して、秘匿特権で本来保護されるコミュニケーションから遠ざけることが戦略上、必要とされることになるのである。
これに対して、法廷に呼ぼうとしない専門家については、その意見については、「ディスカバリーをもとめる当事者が他の手段によって同一の事項に関する事実や意見を取得することが実際上不可能な」例外的事情のある場合にのみディスカバリーを請求することができるとされている(「最新アメリカ民事訴訟法」宮守則之・竹川秀夫
金融財政事情研究会 148頁 )。
(注28 ) なお、この弁護士と依頼者間の秘匿特権は、弁護士と依頼者間の関係をめぐる争いには適用されないと解されている。従って、依頼者が弁護士を弁護過誤で訴えた場合には、弁護士は、その秘匿特権が適用されるようなコンフィデンシャルな連絡の内容をもって、自己を防御しうるものと解されている。一方、逆に、依頼者が弁護士に報酬を支払うのを拒絶しているときには、そのコンフィデンシャルな情報をもって弁護士は、その請求を根拠付けることができるものと解されている。
(注28 ) 米国における交渉と証拠の許容性
米国においても、社会的に望ましい事項についての事実関係は、証拠として許容されないものとして、これを、推進しうるような形で法は定めている。秘匿交渉に関する事項は、連邦証拠規則第408条に定められているものである。
この規定は、「有効性ないしは額に関しての議論されているクレームについての妥協、ないしは妥協の試みについての価値ある検討を(1)提示し、申し込み、約束すること(2)認めること、認める約束をすること、の証拠は、クレームの責任、無効性、その額についての証拠としては許容されない。妥協の交渉における行動、発言の証拠も同様に許容されない。」と定めている。もっとも、同条は、「このルールは、証拠が他の目的に提供されるとき、例えば、証人の傾向、偏見を証明することや、過度の遅延という論点を否定すること、刑事上の捜査、訴追を防ごうとするときにおける排除を要求するものではない。」と定めている。
(注29 )拙著・「英国の司法問題と我が国民訴法改正への示唆」司法研修所論集90巻・110頁
(注30 )Kean 前出(注6 )p 381以下
(注31 )Kean 前出(注6 )p381
(注32 ) 米国における公益免除特権の法理
一 英国の公益免除特権に対応するものとして、米国においても聖職者と悔悟者の特権、ジャーナリストの特権、国家秘密、行政特権、情報提供者の氏名等について非開示などが定められている。
二 国家秘密について この法理は、United States v. Reynolds,3345 U.S. 1 (1953)をリーディングケースとするものであるとされているが、連邦政府は、国家の安全に対する危険ないしは国際関係の棄損の相当な蓋然性を明らかにできるときには、軍事または国家の秘密の開示をふせぐことができる、というものである。
この特権が主張されると裁判官は、状況が、その特権の主張しうるのに適切な状況であるかいなかをその主張されている対象物を開示させることなしに決定しなければならない。担当部局の長の陳述書を含んだ状況から、問題の証拠の開示が、国家的利益に与える危険の蓋然性を、指し示すであろう。そのような場合には、裁判官は、かならずしもインカメラ閲覧をおこなう必要はないし、また、微妙な事件ではしてはならないのである。
もっとも、問題の証拠について裁判所が、インカメラで閲覧をおこなうことはありうることであり、情報の自由法1974のもとでは、次第に、この方法が重要になってきていると言われている。
もっとも、この情報の自由法のもとで、トライアル前の開示の問題がどのような解釈がなされているかは、非常に興味深い問題であり、さらなる検討を要する問題であるということができよう(訴訟のための準備資料の問題なども含むものである)。
三 行政特権(Executive Privilege)
この行政特権の問題は、米国においてウォーターゲート事件のニクソン大統領の事件で有名である。この事件の詳細については、英米法事典のNixon
Tapes Decision に要領の良い紹介がされているので、本稿ではふれない。行政府においては自由でひらかれた討論がなされるためには、かかる特権が必要であり、また、権力分立の見地からも当然に認められている。そして、この特権が無限定なものではないことも、
ウォーターゲート事件ではっきりしている。
この行政特権の主張がされたときに、一方当事者は、その証拠の必要性を適切に明らかにした場合には、インカメラ閲覧と対象物の編集が一般的な手続きとされており、その点で、国家の安全を理由にする主張の場合とは、異なっているといわれる。
なお、行政府の一般の書類について開示を求めたときに、特権が主張されることがあり、その場合にも「行政特権」の名のもとに議論されることがあるとのことである。
四 その他
その他、聖職者と悔悟者、ジャーナリストの特権、情報源の秘匿の問題などがあるが、ここでは省略する。
(注33)これらは、Conway v. Rimmerにおける言葉。Reid卿は、p952、Upjohn卿は、p993
(注34 )以下の具体的な記述については、前出Kean 前出(注 ) p386以下を参考にした。
一 改正法第220条4号には、文書提出命令の拒絶事由の記載がなされており、そのイは、自己負罪拒否特権を文書の提出についても認めようとするものであり、ロは、公務員の秘密、医師・弁護士等の専門職の秘密、技術上の秘密の保護をするものである。また、ハとして「もっぱら所持者の利用に供するための文書」については、提出を拒絶ずることができる旨が定められている。
また、この文書提出命令は、「書証の申出を文書提出命令の申立によってする必要がある場合でなければ、することができない」とされている。
そして、この文書提出命令の規定を実効性のあるものにするため、第222条で、文書特定の為の手続きが定められている。そして、除外事由に該当するか、文書の提示によって判断する方法が定められているし、また、場合によっては、当事者照会によってどのような書類を手元に有しているか、また、過去に有していたか、を明らかにさせることも可能であるように思われる(注35)。
二 ここで、拒絶事由について検討すれば、右のイ、ロついては、英国の「開示からの除外証拠」の問題とも関連している項目であり、その比較から学ぶことはありそうである。このハのいわば、「所持者利用文書」とでもいうべきカテゴリーの文書(以下、「所持者利用文書」とよぶ)をどのようなものとしてとらえるかというは大きな問題であり、今回提案されている情報公開法案における「不開示文書」のカテゴリーといままでの「内部文書概念」の比較検討および英国における制度との比較が問題点をうきあがらせるように思われる。
英国の秘匿特権の法理と比較して、改正法の条文の解釈問題として、どのような問題がおきるであろうかを検討することは意義のあることであろうと思われる。
1 改正法第220条4号イにおいては、改正法第196条各号にさだめる事項が記載されている文書の所持者または文書の所持者の親族が、刑事訴追や有罪判決を受ける恐れのある事項が記載されているとき、またはそれらの者の名誉を害するおそれのある事項が記載されているときには、文書提出義務がないとされている。
この定めは、英米の法理と比較するとき、コミュニケート行為である証言の問題だけではなく、文書の提出にまで明確に「排除」を認めていること、そして、名誉を害するおそれのある事項にまでその排除事由が広がっている点で、特徴があるものといえよう。
2 まず、「文書」の提出についても、かかる拒否特権を認めるのは、広すぎるのではないかというそもそもの問題がある。この点については、まず、証言というコミュニケート的行為と書類の提出とでは、そのもつ意味づけがかなり異なるということと(注16参照のこと
)また、書類の提出においても、自主的な提出ではなく、裁判所からの義務づけであるという点については注目しておく必要があると思われる。この点から言って、業務文書に関する「罰則付召喚令状」の問題でみたアメリカの法理との比較が参照されるべきであろう。法律の定めにより作成を義務づけられている書類については、一定の保護策のもと、自己負罪拒否特権はないとすることができるのではなかろうか(注36
)。
3 また、この改正法のこの条文の解釈に当たっては、この刑事訴追や有罪判決を受けるおそれという文言が外国での刑事訴追・有罪判決を含むかが問題となるであろう(注37
)。この点については、わが国の法の解釈としては、英国法の場合と異なり、外国での刑事訴追・有罪判決を含むと解する余地があるように思われる。なおも検討を要するであろう。
4 具体的に刑事訴追の可能性ということを考えた場合には、わが国でも英国の問題でも出た知的財産権に関する法的規制手段との関係については着目しておくべきであろう。かかる場合には、刑事罰も、その規制手段としてとして採用されているのであって、場合によっては、その規定を根拠にして、知的財産権訴訟においては、すべてが提出の拒否ということになりかねない。この点については、英国法の定めに従い、かかる場合を除くという形での定めが必要なのではないかとも考えられる。
5 その上に、名誉を害するおそれのある事項についてまで、この拒否特権を認めている点で、わが国の改正法の立場は、英米における開示の範囲と比較して特徴があるといえよう。しかしながら、この点での立法の当否はきわめて疑問であるといわざるをえない。
改正法のもとでは、文書提出命令によって提出された文書については、名誉侵害についても改正法第92条1項1号によって閲覧等の制限をすることができるものと解されるから、提出をみとめても実害はないであろう。
1 改正法の概観
改正法は、文書提出義務の拒絶事由においては、「医師・弁護士等が職務上知り得た事実」が、記載されている文書については、提出義務の拒絶事由があるとされている。
この拒絶事由を、法的プロフェッションとの関係に限定して検討した場合に、英国の秘匿特権の法理と比較するとき、(1)法的プロフェッションと依頼者等とのコミュニケーションの保護という形での規定ではなく、その対象となった事実の保護という形式をとっていること(2)この特権の享受者は、法的プロフェッションの特権であるという認識が前提とされている(依頼者の通信文書の保護という観点がない)、という点に特徴があるように思われる。一方で、英米で、かかる保護されるコミュニケーションに範囲に入る文書は、わが国では、従来の法理に従うとき、所持者利用文書であるとして、拒絶しうる場合も多いであろう。この点についても注意を要する。
2 規定の守備範囲
法的プロフェッションと依頼者等とのコミュニケーションの保護という形で捉えた場合には、まず、この規定の守備範囲が問題となる。つまり、改正法においては、法的プロフェション(以下、この意味で弁護士等とする)が職務上しりえた事実が記載された文書が拒絶事由ありとされる(改正法第220条4号ロ項)。この規定は、典型的には、その弁護士等の手元にある文書が拒絶事由になることはいうまでもない。この意味では、依頼者からの聞き取り書、手控え、メモ、通信書簡は、この範疇の典型例と考えていいであろう。これに対して、依頼者の手元に残っている弁護士等とのコミュニケーションに関する書類は、この規定の対象となるのか、というのが、問題である。弁護士等に依頼するときに作ったメモ、弁護士等からの手紙、法的評価の記載された連絡などは、この規定によって提出拒絶事由ありとなると考えていいのではなかろうか。これらの文書が、所持者利用文書であるからという理由で拒絶事由ありとされることもあるであろうが、むしろ、弁護士等とのコミュニケーションを保護して、そのコニュニケーションを促進するという法目的から保護されるべき文書については、この規
定によって保護されると解したほうが、所持者利用文書の概念に種々のものを持ち込まないで済む分、すっきりしているであろう。逆に言うと、通信自体を保護するというように規定を整理すべきであろう(注38
)。
3 「法的プロフェッション」の概念
前項のように弁護士等へのコミュニケーションをこの規定に取り込んで解釈していくという観点からすると、法的プロフェッション(弁護士等)の概念をどうとらえるかという問題が生じてくる。問題となるのは、弁護士(外国法事務弁護士を含む)、弁理士、弁護人、公証人の各々の規定において、それに対応する外国の法的プロフェッションとの通信をどうとらえるかということである。
この点については、その依頼される外国の弁護士等が、その業務を行っている場所において、コミュニケーションに対して秘匿特権を付与されているか、否かが重要な問題であると思われる(注39
)。かかる外国の弁護士等と通信が拒絶事由ありとされるか否かについては、国際礼譲によって定まると考えられ、この「弁護士等」の規定については、かかる見地からして、資格国において秘匿特権が認められている外国の弁護士等についても、(国際礼譲によって)この保護をうけるべき通信の対象者となると解すべきであろう。
4 具体的解釈
ここでの拒絶事由については、弁護士等と依頼者との間における通信を保護すべきという趣旨に解した場合、どのような文書が、この保護されるべき文書にふくまれると解すべきか。ここでは、前述の分類に応じて、論じていくこととしたい。
イ 弁護士等と依頼者間の通信について 弁護人の手元にある手控え等などだけではなく、依頼者の手元の手控え、メモ、弁護士からの通信文書なども含まれると解したい。そして、これは、依頼者が、単なる証人であっても良いと解することができるから、例えば、証人が、弁護士のもとに相談に行く際に作成されたメモ、手控え等についても適用がなされると解してよいものと思われる。
その限りで通信についての書類すべてに及ぶと考えられるのである。
一方、わが国では、依頼者と会ったか、その時の依頼者の肉体的、精神的調子はどうかという点については、職務上の秘密としてとらえられているものと思われる。この点については、英国では秘匿特権は、及ばないとされている。米国においては、そのような精神的印象については、「ワークプロダクト」として保護される。もっとも、例えば、何月何日に紛争当事者が、弁護士の事務所で、事件に関連して金員の授受をなしたという事実があった場合には、たとえば、その弁護士の行動を記した手帳については、やはり、保護されるべきであろう。
ウ 弁護士と第三者間との通信
弁護士等が、証人・鑑定人から得た証拠(注40)およびそれに関する通信については、非開示として良いと考えられる。この場合は、この鑑定人からの書類は、弁護士等に渡されたもの、ないしは、渡されるべき書類であり、それが、渡されておれば、弁護士等の職務上の秘密となっていたものであろうから、保護されるべきである。
また、この弁護士等と第三者との文書についての最大の問題点は、事件に関連して作成されたレポートである。このレポートについても、訴訟の準備のために作成された弁護士等に対する資料・レポートについては(この判断については主要な目的が、かかる目的か否かという点が参考になるものと思われる。)、完全な拒否事由ありとしてよいものと考えられる。そして、かかる拒否の根拠の法理は「所持者利用文書」の法理によるのではなく、この「専門家の秘匿特権」の法理によるべきであろう(注41
)。
一方、かかる目的がなく、紛争発生後の将来の事故の発生を防止するため等に作成されたレポートも多い(注42
)。このような書類については、特段の事情がある場合については、開示がみとめられて然るべきときがあるのではないかということがいえ、この点については、この「法律専門家等の秘匿特権」のなかに位置づけるよりは、「所持者利用文書」の法理のなかで位置づけたほうがよいように思える。この点については、のちに検討する。
わが国では、この論点は、(拒絶特権の関係では)ほとんど考慮する必要はないものと考えられる。というのは、わが国では、この4号の原因による場合については、「文書提出命令」の申立によってなす必要がある場合でなければすることができないとされているのであり、一般に和解交渉における条件を記載した文書については、かかる必要性のある文書であるとは、あまり考えられないからである。もっとも、例外的な事情は、考えられるかもしれず、その際は、検討の対象になるであろう。
一 「国家の政府の適切な権能の行使に追って重要な秘密の情報は開示から排除される」という公益免除特権の法理について、わが国においても改正法においてどのように位置づけるかという問題がある。まず、この点について、かかる法理を認めることは当然であろうと思われる。
二 改正原案によれば(注44 )、まず、文書が、行政機関の監督下にある文書については、承諾による提出の問題になると規定されていた。そこでは承認の対象文書が「職務上の秘密に関する文書」として表現されており、また、対象が公務員と広く定められていた。もっとも、この規定については、改正原案によると承認は、「公共の利益を害し、または、公務の遂行に著しいおそれがある場合を除き、拒むことができない」と定められていたから、文書については、「職務上の秘密に関する文書であって、その開示が、公共サービスの的確な遂行に障害をあたえるもの」というような限定がされているに等しかったということはいえるかもしれない。英国の判例によって指摘されているとおり、政府の書類のなかでは、とくに一般の報告書とでもいうべきものもあり、それらについて、開示がもとめられる場合もあり、そのような場合は、秘匿にする根拠はあまりないと思われる。したがって、かかる文書の限定という規定の方向性は、正当な方向をしめしていたものということができよう。
しかしながら、問題は、この「職務上の秘密に関する文書であって、その開示が、公共サービスの的確な遂行に障害をあたえるもの」という概念は、どのようなものをいうのかということと、この概念にあたるものとされた場合において、どのようにしてその承認の正当性を担保するのかということである。
三 具体的にどのようなものが、かかる概念に当たるものとして考えることができるかであるが、第一章の第三の三で検討した射程範囲にあてはめて検討していくことにする。すなわち、ヌ国家の安全外交関係そして国際的礼譲に関する書類ネ犯罪捜査に関する情報ノ司法に関する開示ハ公共サービスの適切な機能行使の各事項について検討すべきこととなる(注45
)。
(一) 国家の安全外交関係そして国際的礼譲に関する書類
この点については、英国の具体例を参考していただきたいが、それらの具体的な書類が、提出命令を免れることになるということでよいであろう。
わが国の判例では、このカテゴリーに当てはまる書類については具体的な判例は、ないように思われるが、たとえば、自衛隊の基地の建設についての契約書などの提出命令が問題になったような場合には、このカテゴリーが該当するものと思われる。
(二) 犯罪捜査に関する情報
たとえば情報提供者の存在・氏名などについての文書というものがあれば、それは、開示を免れるべきである。では、検察官の不起訴裁定書・司法警察員に対する被疑者の供述調書などはどうか。これらの開示がただちに、「公共サービスの的確な遂行に障害を与える」とはいいきれないように思える。これらの書類の開示のかかえる問題点は、一般の会社内の文書の開示のひきおこす問題点と同じであって、「所持者利用文書」の問題点において検討したほうが良さそうである。
(三) 司法過程に関する開示
陪審裁判における陪審員のメモなどはこのカテゴリーに入るものであるが、わが国において、このカテゴリーとしてどのような文書を念頭におくべきかについては、あまりおもい浮かばない。たとえば、証人調書を作成するために法廷で録音されたテープなどは、このカテゴリーに該当するとかんがえられる余地ががある。
(四) 公共サービスの機能の適切な行使について
問題は、この概念に含まれるものとしてとしてどのような文書の保護を認めるかである。
イ政府の政策決定に関してなされる通信・連絡については、この概念にあてはまるものと解して良さそうである。
ウ警察内部の通信・連絡についても、当然、開示が拒絶されてしかるべきである。これに類したものとして、留置人名簿についても、このカテゴリーに該当することをみとめてよいものと考える。
エ税務徴収作用上の種々の書類については、どうかという問題がある。その他の行政機関の機能と区別して論じる必要があるか否かという問題があるが、ことの性質上、かなりの程度、開示を拒絶してしかるべき範囲の書類がおおいように思われる。輸入品の記録や個人の本来の姿について調査された記録などは、かかる非開示の特権があたえられてしかるべきであろうと思われる。
オその他の行政上の文書はどうか。この点については、行政府のかなり高度な政策部門決定についての書類については、かかるカテゴリーへの適応を認めてもいいのではなかろうか。この場合には、行政機関においては、行政機関であるがゆえに、その文書に対する保護が与えられることになるが、それはそれで肯定しうるものであろう(注46
)。
問題は、個々の行政処分をなすのに関連して収集される行政府の所持する文書であり、また、その行政府においてかかる処分の公正さを確保するために作成される内規的な書類である。これらの書類については、一般の会社などにおいて、種々のビジネスの判断をくだすために収集される書類・会社内の内規などと保護の程度を変える必要性が有るのかどうかはきわめて疑問である。具体例で言うと(注47
)、
メ原子炉設置許可手続き過程における担当者メモ ユ 行政組織における通達・内規ヨ
土地区画整理事業に関する路線価図ラ 河川管理者が作成した化繊における砂利採取規制計画書類リ
教科書用図書検定調査審議会が作成した文書などがあげられる。これらについては、「所持者利用文書」の概念との問題はあっても、この「公益免除特権」との関係では問題はおきないものと考えたい。
四 今一つの問題点は、「公共サービスの的確な遂行に障害をあたえる」という監督官庁等の不承認の判断について、裁判所がこの判断の正当性について判断ができないというのは、問題である。たしかに、今回の改正でもって、詳細な点について秘密保護手続きの規定が制定されなかったという事実は、公務員の職務上の秘密文書において、開示からの排除という取り扱いをすべき範囲が広がることは否定できないであろう。しかしながら、それと監督官庁等の判断をもって最終的なものとするというのは別問題である。かかる監督官庁等の判断を最終的なものとするという取り扱いは、英国法のもとにおいては、Duncan
Camell Laird & Co Ltd事件でとられた立場であり、かかる立場ついては、Ellis
v. Home Office事件において、Devlinジャッジが、正義がなされなかったという不快な感じがあると告白せざるをえなかった立場なのである。そうである以上、基本的な判断において、かかる原案の立場については問題があるといわざるをえない。では、どのような判断をなすかであるが、基本的には、裁判所におけるいわゆるイン・カメラ手続きによってかかる文書の「公益侵害性」を判断するという立場が取られるべきであろう。
そもそも、文書提出命令という方法によってなされることの必要性がひとつの要件となっているのであるから、かかる提出を命じるまでもなく他の事実等によって問題となる事実が立証できるのであれば、文書提出命令までいかなくて済む問題である。また、私としては、「公益免除特権」の対象となる文書を上述のように狭く解し、また、「所持者利用文書」とのふりわけをおこなうから、この手続きが問題になる文書の範囲はきわめて狭いことになるであろう。結局、公務員の職務に関する文書については、かかる文書が上述のように、開示が「公益侵害性」を持つ場合、いいかえれば、かなり高度な行政の遂行に障害をあたえる場合についてのみ、当該監督官庁等の開示に対する承認手続きが問題になる「公益免除特権」の問題になる。そして、その「公益侵害性」についての行政庁の第一次的判断は、それ自体尊重されるとは行っても絶対ではなく裁判所において、拒絶の正当性は、イン・カメラ手続きで判断しうるという形にさだめるのがのぞましいものと思われる。
この点については、別稿でくわしく検討したとおりである。なお、情報公開法案をアレンジした場合に、
(2)法人その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、当該法人等又は当該個人の事業活動によって生ずる人の生命、身体若しくは健康への危害又は財産若しくは生活の侵害から保護するため、開示することがより必要であると認められるものを除く。
イ 営業上の秘密等のように開示することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位、財産権その他正当な利益を害するおそれがあるもの
ロ 第三者からの要請を受けて、公にしないとの約束の下に、任意に提供されたもので、法人等又は個人におげる常例として公にしないこととされているものその他の当該約束の締結が状況に照らし合理的であると認められるもの
について、非開示になるという定めが十分考えられるであろう。この定めは、営業上の秘密における保護方法の英米法的手法と大陸法的手法という見解からもきわめて興味深いものになる。
改正法においても、基本的な裁判所における判断基準については別稿のとおりでよいものと考えられる(注48
)。
一 所持者利用文書という概念は、英国の「除外される証拠」の法理には、対応するものを見つけ出しえないものである。では、そもそも、この「所持者利用文書」が、非開示とされる根拠はなにか。
本来であれば、開示制度は、開示によってえられた証拠の目的外の利用の禁止、秘密保護の手続きなどとあいまって、証拠の共通化と真実に基づく正義の実現という法の目的に仕えるものとして設計されていなければならなかったといえよう(注49
)。しかしながら、証拠の目的外利用の禁止、 秘密保護の手続きが採用されないで終わってしまった(注50
)。わが国における「所持者利用文書」の概念は、そのような事情にもとづく「除外事由」であるということができるであろう。そうだとすると、問題は、その文書が「所持者の利用のため」か否かなのではなくて、その文書の開示が、かかる制度の不完全さによって生じる種々の利益侵害を引き起こす際にその不利益を甘受させることができるかどうかであろう。
二 そうだとすると、当事者間の文書提出命令に問題点をかぎれは(注51)、一定の手段によりその開示から生じる不利益をかなりの程度減少させることができるのではないか、ということが考えられる。つまり、相手方当事者が、文書の所持者であり、その手持ちの証拠をみたいというのであれば、文書開示をもとめる当事者は、その開示された文書をその訴訟目的以外に使わないこと、第三者に開示しないことをみずから誓いながら、文書開示を求めなくてはならないということにするのである。これを「秘密保持の申し入れ」とよぶことができるであろう。かかる場合に、弁護士から(注52
)そのような「申し入れ」がなされた場合、その効果については、一応、 遵守されるであろうという信頼をおくことができよう。裁判所としては、その誓いがなされている状況を判断に入れて、それでもなお文書の開示を免れさせる不利益を当事者に発生させる蓋然性が高いかを判断するのである。
文書提出命令によらなければならないと判断された場合で、かかる一定の秘密保持の申し入れがあった場合に、それでも、所持者の利益を尊重して開示を免れさせるべきという文書はあまりないのではないかとも思えるのである。
三 従来のいわゆる「内部文書」の概念のもとに、文書提出命令が認められて来た具体例を、今回の情報公開法案における不開示文書を参考にしてと比較することは極めて興味深い。そのような検討の結果、以下の項目ごとにわけて検討することができるものと思われる。
1 人事管理、事業経営、監査、検査、取締り、争訟、交渉、契約、試 験、調査、研究、その他法人等の事務又は事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの組織体における経営・業務の運営に影響を与える事項
この項目に該当する文書としては
イ人事的機能に影響を与える書類(ヌ原告と同期職員の昇任・昇格等を記載した人事記録・ネ人事記録・ノ口述試験採点表・ハ任免等について判定するための参考資料としての内申書)
ウ 財務的機能に影響をあたえる書類(ヒ会社の経営状況等を記載した資料フ公団が作成所持する収入分析表・公租公課収支表ヘ商品の購入者等からのクレーム報告書)
などがあげられると思われ、これらの文書については、その人事的機能、財務的機能などの重要性からして、開示からの除外が認められてしかるべきであろう。かかる場合に、秘密保持の申し入れがあった場合はどうか、ということであるが、この点については、微妙なものであると考えられる。個々の人事上の処分に限定した内容のものであれば、また、将来において開示されるべき経営上の財務情報であれば、開示は認められてしかるべきである。しかしながら、一般人事上に影響を及ぼす文書や会社等の非常に重要な経営財務データであれば、なおも開示からまぬがれるべきとする必要もあるかもしれない。これは具体的な判断によるであろう。
2 法人等の内部又は法人相互の審議・検討又は協議に関する情報であって、開示することにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に第三者の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え若しくは不利益を及ぼすおそれがあるもの
この概念に該当する文書については、具体的に言うと、
イ調査的文書
ウ準備的文書
エ一般的基準
オ判断のために収集した資料としての文書
などがあるものと思われる。
イ調査的文書について
かかる報告書等が、訴訟提起後に作成されたものである場合には、その主たる目的が弁護士等の法的専門家に対しての報告である場合には、「法的専門家の秘匿特権」の保護範囲にあることは前述した。それ以外に、事故等の原因を究明して、対策を練ろうという目的で作成された報告書(およびそれを作成するために収集された資料)であっても、かかる報告書等は、真相の究明と、対策の早急な採用という公的な要請から、文書開示から免れるべきである。これは、別の要請からする非開示の維持であるので、秘密保持の申し入れがあっても、開示を免れることは同様である。
いままでの「内部文書」の概念で論じられた具体例のなかで、ミ騒音測定の結果を記載した文書ム更正処分の際に税務所長において調査した関係書類などについては、かかる法理の適用があるといえるものと考えられる。
ウ 準備的文書について
準備的文書とでもいうべきカテゴリーをあげることができると思う。具体的には、メ原子炉設置許可手続き過程における担当者メモ
モ稟議書 などである。これらの文書については、報告的文書とは違って紛争における真相究明という要素がはいってくるわけではない。せいぜい、何らかの判断における十分な準備をつくさせるという要請があるにすぎない。これらの文書は、むしろ、何らかのアクションが取られるにいたった真実の理由なりを明らかにするものとしてかなり効果的な書類であろう。したがって、すくなくても秘密保持の申し入れがある場合においては、文書の開示をみとめてしかるべきであるように思われる。
エ 処理の一般的基準ないしは計画としての書類
ユ通達・内規ヨ路線価図ラ砂利採取規制計画書類などの文書についていえば、はたしてこれらの書類が、開示から除外されるべきであるといえるかどうかは、かなり疑問である。これらの文書は、行政処分等がなされた場合に、それらの公平さを維持するための内部文書であると思われる。すくなくても、そうであるならば、その処分の適正さが問題になったのであれば、それにいたる理由をこれらの書類にもとづいて判断するというのは必要なことに思われる。これらの情報が、裁判所の公開の手続きによって、一般に知られるということに何らの手当てがなされないで開示に服すべきといえるかどうかについては疑問の余地があるけれども、すくなくても秘密保持の申し入れをともなった場合については、何ら開示から免れさせる意味はないものといえるであろう。
また、このような基準を開示をうけたものが利用できるのではないか、
その意味で、不当な利益を受けるのではないかという問題はある。しかしながら、秘密保持の申し入れの段階において、目的外利用の禁止までも誓わせて、開示するのである。不当な利益を得ようとしたならば種々の制裁を課せばいいだけのことであろうし、それが、不可能であるとは現実的に思えない。
オ 判断を下すための収集資料(リ 教科書用図書検定調査審議会が、作成した文書)これについても、むしろ、相手方にその処分等の適正性を説明するための書類として、開示をまぬがれさせる必要はないものといえる。
3 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、私人の名誉を侵害するなど私人の情報の保護の見地から、開示に適さないと考えられるもの。
この項目は、個人のプライバシーの保護を前提として認められるものである。いままでの「内部文書」概念のもとで開示が拒絶されたものでこの項目としてあげられるものとしては、
ロ手帳
手紙
拘置所の所持する原告作成の診療願および原告の診療録
などがあげられる。
問題は、これらの書類について、文書提出命令の他の要件を満たす場合において、文書の記載内容が、「名誉を害するおそれのある事項」におよぶ場合は別として、(記録の閲覧の禁止は必要かもしれないが)開示からまぬがれさせる必要があるかどうかである。より、酷だと思われる証言においては、プライバシーだとして、証言拒絶がみとめられないのである。手帳、手紙などを非開示にする理由があるとは思えない。名誉を害するおそれのある事項の記載されている文書については、秘密保持の申し入れのある場合については、これを条件に開示をみとめていいものと思われる。
四 以上で検討したように、開示を認めるべきか、否かという問題は、当事者間の問題であるか否かを第一の判断要素として、次には、その文書の開示がもたらすことによって受ける所持者の不利益についてどのように考えるべきであるかということなのであって、その不利益は、その文書の性質か、所持者の利用のためのものであるかいなかということと関連がないことはないにしても、直接にはその文書の性質に影響されることである。そうである以上、「所持者の利用に供する」という概念を、開示拒絶のメルクマールにしようというのは、実質的には、結局その概念の中で、他の価値判断をさせることを強いることになる。そのような方法をとらずに裁判所がその文書の性質から開示によってこのような不利益が有るといって開示を拒絶したほうが、法的な判断の枠組みの透明性という見地からは妥当であろうと思われる。
(注35 )もっとも、これらの規定が活用されるかについては、やや悲観的にならざるをえない。自発的な開示については、現在の実務とやや連続性を欠き、代理人(弁護士)の労力が増大するものと想像される。いわば重い手続きを採用した場合については、費用の負担をどのようにするのかについて全くコンセンサスが得られていないこと(少なくても弁護士費用の敗訴物負担制度は当面のところの改正の話題にはのぼらないように思われる。民訴費用制度等研究会報告書NBL611号48頁)、また、かなりの事務的な仕事を代理人事務所でおこなうことになるものと思われるが、それを担当すべき「アソシエイト」や「トレーニー・ソリシター(アーティクルド・クラーク)」のような人材を(安価に)代理人事務所で確保できないこと(なお、合格者枠の増加とも関連しての弁護士補構想は、法曹一元とかかる要請を満たすものとして注目される)、かかる人材によって処理にあたる費用を依頼人に転嫁しうるほど日本の訴訟における成果は高くないこと、などの主として、経済的な理由によって、かかる「自発的開示」は、改正法のもとで採用することができないといえるであろう。
(注36) 自己負罪を導くような書類が公開の法廷に顕出されることになり、それを証拠として、相手方が、刑事訴追の資料として他のアクションをとることをふせぎえないので、それでは、問題であるというのかもしれない。しかし、それは、かかる民事裁判で開示された資料については、刑事裁判において証拠能力がないということにできないかと考えられる。
(注37) この点については、英国においては、英国法によって刑事訴追を受け、有罪判決を受ける場合にかぎられているということは紹介した。この論点については、このような文書提出命令で得られた書類を、相手方が、その訴訟で勝訴するためだけではなく他の目的で利用しうるかといった論点もかかわってくるように思われる。わが国では、相手方が、その提出によって得られた書類でもって、外国での刑事訴追等の手段をすすめるための証拠とすることは妨げられないことになる、そして、それをもって日本国内の訴訟を有利に進行させることをもくろむことができるであろう。そうであるならば、かかる行為を防止する必要があり、外国での刑事手続きに巻き込まれる場合についても、拒絶をみとめる必要がある。
(注38) ここにおいて、保護の対象を事実というよりも通信(コミュニケーション)に広げるべきであるというのは、ドイツ民事訴訟法やアメリカの秘匿特権との整合性という見地からも支持しうるであろう。この点については、山口・前出(注4
) 33頁参照が非常に示唆に富む。
(注39 ) 依頼を受けた弁護士等にしてみれば、その依頼者が、自己の居住する国に居住(ないしは、ビジネスの根拠がある、以下、居住という)していようと日本に居住していようと、同一のサービスを提供しうると考えているのであろうし、しかも、依頼者にしても、その国で享受しうる特権については、わが国に居住しているからといって、享受しえなくなるのはおかしいと思うであろう。わが国の裁判所が、それに関する文書を提出義務ありとするのは、国際礼譲の点からいってバランスを失するであろう。理論的に言っても、そもそも、その外国における弁護士等とその依頼者との間のコミュニケーションについて秘匿特権があるのか、というのが問題になり、あるとすれば、それをわが国の(国際)民事訴訟法上、尊重すべきではないのかというのが問題になるからである。また、この点についての米国の判例については、直接的に国際礼譲の理論から論じているようである(原明彦・佐藤安信
前掲353頁)。
(注40 )例えば、鑑定の問題について、鑑定人に一方の当事者が弁護士とともにどのような鑑定をしてくれるのかというのをあらかじめ問い合わせに行ったとする。その時には、あまりいい鑑定をしてくれなかったので、その時は、鑑定人として申請することをあきらめた。ところで、その鑑定のための資料として、その鑑定人のところに、種々の資料を残していったし、また、鑑定人のつくった資料もある、相手方は、その資料の存在を聞きつけ、その資料の提出を求めた。このような場合は、改正法のもとで、その書類が、事案の解明に必要な場合だったとして、そのような資料は、提出の対象になるのであろうか。英国法のもとにおいては、専門家証人からの証拠としてかかる資料および鑑定人の作った資料が、秘匿とされることになるのであろう。また、米国においても、かかる法廷によぶことのない専門家証人については、基本的に「訴訟のための準備資料」として、原則として開示から除外されるべきものである。そうである以上、我が国においても、かかる書類も除外されるべきという判断がされてしかるべきであろう。
(注41 ) もっとも、紛争後の弁護士提出目的の書類ということになれば、文書提出命令の方法によらなければならない書類といえるかという問題はあろう。
(注42)紛争をきっかけとしての原因の究明・対策の採用は、すすめられることこそすれ、これに対して開示を認めることにより、萎縮的効果を与えて原因究明がおろそかになってしまったというのでは逆効果である。この価値判断は、米国の「訴訟のための準備資料」の法理・「対策の考慮の除外」に共通することであり、支持しうるものと考えられる。
(注43 )この部分については、情報公開制度の制定の際に詳細な議論がなされるものと考えられ、本稿の守備範囲をこえるものと考えられるが、簡単なコメントを付すことをお許しいただきたい。
(注45) 以下、公益免除特権の検討および所持者利用文書の検討の際に、情報公開法案における不開示文書の範囲の規定は、きわめて参考になる。公益免除特権との関係については、
(1)開示することにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある情報
(2)開示することにより、犯罪の予防・捜査、公訴の維持、刑の執行、警備その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある情報
の二つの項目で、不開示が認められることにするのはどうかとされており、まさに本文の項目で検討する事項に対応するものといえよう。
(注46 )そうだとすると、以上の情報公開法案のアレンジの規定にくわえて、「行政機関内部又は行政機関相互の審議・検討又は協議に関する情報であって、開示することにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え若しくは不利益を及ぼすおそれがあるもの
」のうち、高度な行政政策の決定、執行についての情報については、このカテゴリーとしての保護を考える(すなわち、その情報は、行政部のものであるがゆえにより保護が高いと考える)ことになる。
(注47 )従来において「自己使用文書」の概念の中で議論されてきた具体例
(注釈民事訴訟法(6)80頁以下を参考にした)を、その文書の提出がいかなる具体的な問題をひきおこすかという観点からまとめてみると以下のようになる。
A 組織体における経営・業務の運営に影響を与える事項
イ人事的機能に影響を与える書類
ヌ昇給等の差別を理由とする損害賠償請求訴訟において、原告と同期職員の昇任・昇格等を記載した人事記録
ネ税関長作成の人事記録
ノ町が実施した職員採用試験において試験委員が作成した口述試験採点表
ハ任免等について判定するための参考資料としての内申書
ウ 財務的機能に影響をあたえる書類
ヒ会社の経営状況等を記載した資料
フ公団が作成所持する収入分析表・公租公課収支表
ヘ商品の購入者等からのクレーム報告書
エ その他の経営権に影響をあたえる書類
B 内部の審議・検討・協議に関する文書
イ 調査的文書の保護
ホ医師が、医療事故に関して作成した医師会長あてに作成した医師会長宛の顛末報告書
マ税務署が訴訟に関し収集した「照会回答書」
ミ騒音測定の結果を記載した文書
ム更正処分の際に税務所長において調査した関係書類
ウ 準備的文書
メ原子炉設置許可手続き過程における担当者メモ
モ稟議書
ヤ議事録
エ 処理の一般的基準ないしは計画としての書類
ユ 行政組織における通達・内規
ヨ 土地区画整理事業に関する路線価図
ラ 河川管理者が作成した化繊における砂利採取規制計画書類
オ 判断を下すための収集資料
リ 教科書用図書検定調査審議会が、作成した文書
ル 検察官の不起訴裁定書
レ 司法警察員にたいする被疑者の供述調書
カ その他のもの
C) 個人のプライバシーの保護
ロ手帳
手紙
拘置所の所持する原告作成の診療願および原告の診療録
などがなどがあげられよう。
(注48 ) 拙著「英国における民事訴訟法上のコンフィデンス保護手続」(注
5)参照44頁
(注49 )この点については、別稿でも紹介したが、ドナルドソン卿の以下の言葉をもって、明らかにする事が出来るといえよう。「平易な言葉でいえば、この国での訴訟は『トランプを表向き』にして行われる。他の国からきた人のなかには、これを理解できないことというひともいる。『何故』彼らは言う。『相手方に私をうちまかす手段をあたえよ、と
いうのか』と。勿論(その通りである)、その答えは、訴訟は、戦争でなければ
ゲームでさえもない。訴訟は対立する当事者に真の正義を行うよう構築されており、もし、裁判所が関連するすべての情報を有していなかったなら、この目的を果たしえないのである。しかし、防御壁が必要である。全てもしくは大部分のトランプを表に置くことを要求される当事者は、『この中には高い秘密性を有するものがある。相手方は、この訴訟の目的のために見ることができるのであり、公開法廷で証拠の一部として内容が公開されるのでなければ
、他の目的の為に用いることは出来ない』ということができる。言われてきたように、書類のディスカバリーは、プライバシーにたいする深刻な侵害をもたらすので、両当事者間において正義を実現するために完全に必要な限りでのみ正当化されうるのであり、これが公平であるのは以上のような理由によるときのみである。」
(注50 ) なお、証拠の目的外の利用の禁止についてのとりきめ(undertaking)が、よくなされる。最高法院規則オーダー24ルール14Aにおいて、その取り決めは、文書が裁判所に対して、もしくは、裁判所によって読み上げられ、ないしは、公開の法廷で参照されたあとは、特別の命令のないかぎり、効力を失うという規定があることは、逆にこのことを物語っている。その場合でも裁判所は、訴訟目的外での利用を制限する命令をなしうるのである。
(注51 ) もっとも、英国の制度と比較する場合においては、英国においては、訴訟当事者間において占有・保管されていた書類しかディスカバリーにおける提出の対象にしかならないのが原則であるという点に注目しておく必要がある。もっとも、このmerely
witness ルール自体は、かなり批判の強いところであり、制定法において、人身被害事件においては第三者にも文書の開示の適用があるとされているし、それ以外にも例外が有る。このことから、「所持者利用文書」の検討にあたっては、その文書がそもそも訴訟当事者の占有・管理下の文書なのかという点も考慮に入れるべきであろう。なお、このルールについては、益田・前出(注20
)法の支配88号43頁以下。
(注52 ) 英国の実務においても、代理人間の約束(undertaking)がかなりの程度用いられている点からいって、わが国でも、かかる制度の採用の可能性は高いものと考えられる。また、米国においても、1983年の改正によって、連邦事件のディスカバリーについては、弁護士が、かかるディスカバリーの要求が、「規則に則り」「不適切な目的に用いることをせず」「不合理ではなく、異常に負担になったり、高価だったりしない」と思われるという証明にサインすることを要求しており(連邦民事訴訟規則26条(g))、開示手続きのコントロールにはたす弁護士の役割を一定のものとして重視とするという考えは、参考になろう。
以上、英国法における法理を参考に、わが国での文書提出命令における除外事由について考察を加えてみた。結論としては、むしろ、英国の法理の丸写し的な価値判断におちついたものというべきかもしれない。しかしながら、どのような文書について保護をあたえるべきか否かという判断については、英米法と大陸法の民訴法体系の違いというのは、ほとんど意識する必要がないというのが、筆者の感想である。法律の問題についての分析のツールやアプローチは違っても、結局は、人間の価値判断であり、この法理を永い間、実際につかって発展させてきた英国の歴史とその法曹の知恵を参考にすることは(注53
)、わが国の民事訴訟にとってかならずや実り多いものを与えてくれるものと思われる。
(注53 )我が国の民事訴訟法制度の改革に際して、同時に進行している英国の民事訴訟制度の改革が非常に注目されていることは、筆者にとって、きわめて、興味ぶかいところである(日本経済新聞・平成9年2月8日・経済教室・園部逸夫「民事司法改革、日英で同時進行」)。